2章「アイドリングアイドル」 まだまどろみの中にある意識にピーーーーという甲高い音が飛び込んでくる。 まるでやかんの湯が沸くような音、というよりやかんの音そのものだった。 「しらない、てんじょうだ」 目覚めた私の視界には白い天井と、四角い蛍光灯が白く淡い光を放っていた。 「目が覚めた?取子ちゃん」 まだ覚醒とは程遠い頭を布団から起こすと、台所から聞き覚えある声が届いた。朝日を逆光に、どこか優しさを感じさせるそのシルエットは、 「おかあ、さん?」 「お・ね・え・さ・ん、でしょ?」 気づいたら、天使のような悪魔の笑顔 が自分の目の前に迫っていた。私の手にはなぜかマッチ。 さっきまで台所にいたはずの人間(県?)が次の瞬間には私の目の前にいるなんて!これがうわさのクロックアップ? 「お・ね・え・さ・ん、復唱!」 「お、おはようございますっ!お姉さん!」 笑顔の圧力に身の危険を感じた私は、”ありえないスピード”(ルビ:クロックアップ)で返事をする。笑顔とは本来攻撃的なものであるっていったの誰だっけ?ていうか、あれ?私もクロックアップできてた? 「よろしい、ちょうどお湯が沸いたの。朝ごはん、食べるわよね」 また台所から声がする。 「あの、そういえばまだお姉さんのお名前・・・・・・」 「自己紹介がまだだったかしら。それじゃあ改めて、私は長野県の長瀬野子(ながせやこ)よ。よろしくね、鳥谷取子(とりたにとりこ)ちゃん」 「はい!よろしくお願いします、野子お姉さん」 「ふふふ、元気いっぱいね。それじゃあ、朝ご飯にしましょうか」 食卓に用意されていたのは、白いご飯と野沢菜とお茶。数種類の野沢菜が色鮮やかにお皿を彩っていてとてもおいしそうだった。 「朝は野沢菜茶漬け。これに限るわね」 エメラルドグリーンのような緑をたたえたみずみずしい野沢菜は、一晩中見知らぬ地を歩き続けて疲れた体に心地よい塩分を与えてくれた。 「野子姉さん、おいしい、おいしいですよ!」 「喜んでもらえてよかったわ。長野の名産野沢菜は日本一のお漬物よ」 私は鳥取名産“砂丘らっきょう”のほうが日本一だと思うけど、ごちになってる手前はにかみ笑顔で答えの代わりにする。 やっぱり県が擬人化してるから郷土愛は人一倍なのかな。ん?何かおかしいな。ちょっと落ち着いて考えてみよう。やってみよう、やってみよう。 郷土愛とは自分が育った故郷に対する愛。つまり県に対する愛。そして今は私が県。郷土愛=自己愛・・・・・・これが、ナルシストってやつなのね!そう、私が、私たちがナルシストだ! 「ねえ、取子ちゃん。あなたはどんな指令を受けてきたの?」 軽くトリップしてた。いけないいけない。てへぺろ☆(・ω<) 「ええとぉ。たしかここに紙があったはずなんですけど・・・・・・」 鳥取袋から例のふざけた紙を取り出す。 『魅力を身につけてこい  by県知事』 何度読んでもふざけた紙。見るたびにあのふざけた県知事の顔を思い出して、無条件でイラッ☆っとさせる魔法の紙。 「『魅力を身につけてこい』、ねぇ。だいたいわかったわ」 えっ!?今なんと? 「あの、野子お姉さん。1ジンバブエドルの価値もないその紙きれでわかったっていうんですか?」 子供はみんなニュータイプっていうけど、まさか野子お姉さんがニュータイプだったなんて。子供って年でもないのに・・・ ピュキィイイイン 殺気!?いつから?さっき! おなじみの音とともに殺気が私の感覚に伝わってくる。発信源はわかりきっているけど、私はそっちを見るなんて危険を冒すことはできなかった。私が傷ついたら鳥取が傷ついてしまうんだもの。決して保身に走ったわけじゃないんだからね。ニュータイプの修羅場なんてテレビの中で見るもので、実際に経験するものじゃない。そう、これはアニメじゃない! 「・・・私はこの紙読んでも、うんともすんとも理解できなかったのですけど・・・」 うつむいたまま、まだご飯の残ってる茶碗に視線を集中させ、決して上を見ないようにして話を続ける。 「うふふ、そうねぇ。まずどこから話したらいいかしら」 とても優しい声なのに、私は恐怖以外の感情を覚えることはなかった。 「こんなこと言ったら悪いのだけれど、あなた鳥取県でしょ。鳥取県って全国的に見るとマイナーなじゃない。それこそ砂丘くらいしか有名どころがなくて、鳥取だか取鳥だかでいっつも間違えられたり。そもそも場所だってどこにあるかよくわかんなくて、関西だとか、中国地方だとか、四国だとか。果ては砂丘があるから日本じゃなくて中国だとか、失礼な話よね。さすがに砂丘の中のオアシスに街があるとか、鳥取を何だと思ってるのかしら。車よりらくだの数のほうが多いとか、いくらマイナーな県だからって、ねぇ。まぁ、でも私のとこの長野県も人のこといえないんだけど、マイナー県の常として、観光客の減少とか過疎とか人口減少みたいな荒波にもまれてにっちもさっちもいかなくなっちゃったの。どうしたものかって時に、県の積分、つまり擬人化人県が救世主として現れたの。擬人化した私たちが県をPRすれば知名度が上がってマイナー県を脱し、一躍日本屈指の県になれるって寸法なの。県側としてはわらにもすがりたい気分だし、政府としても地方分権へのアピールとして使えるこのプロジェクトは両者の利益が一致した計画ってわけ。送り出された人県を政府が運営する支援機関が補助するの。でも、いきなり何も知らない子に、いきなり初めての場所に送り込んで、いきなりPRしろってのも酷い話よねぇ。それこそプロデューサーだとか部長だとかがデーンデーンデーンデーデデーンデーデデーンってBGMとともに現れて、アイマスクつけさせられて変な企画を無理やりやらされる若手芸人みたいなものよね。まあ、でも積分されたからには仕方ないから、指令をこなしつつ県をPRするしかないの。それがどんなに苦しくても、ひかぬこびぬかえりみぬの精神でやり遂げなくちゃだめ。わかったかしら?」 そこまで一息に言い切る。とてもおとなしそうなイメージの人なのに、今のしゃべりはAK-47(ルビ:アサルトライフル)以上M134(ルビ:ガトリング)未満って感じだった。具体的に言うと600発/分以上2000発/分未満の勢い。じぶんでもなにをいってるのかわからない。でも、野子お姉さんが鳥取に変な偏見を持ってることだけはなんとなくわかったかな。 「あ、あの。野子お姉さん。もう一回、お願いできますか?」 「あら、ごめんなさい。つい勢いでしゃべりすぎたみたいね」 理解できなかった旨を伝えると、野子お姉さんは私をかわいそうな子を見るような目で見た、ような気がした。 「えっと」 野子お姉さんは少し考えて、 「マイナーな自分の県のために  擬人化した私たちが  指令をこなしつつPRする  らっちょもねぇ」 三行で教えてもらったと思ったら四行だった。最後の一文って意味があったのかな。ていうか何語? でもおかげでなんとなくわかった気がする。この『魅力を身につけてこい』ってのは、つまり魅力的な人県になって、県を代表して色仕掛けをして、県の人気をあげようってことなのね!あざとい!あざといよぅ! 一応目的はわかったけど、だからってどうすればいいのかなぁ。結局『魅力を身につけてこい』の壁にぶち当たっちゃうよ。ああ、あの県知事をブチまけてやりたい。このYF21スカートで。 「でも、野子お姉さん。私、これからどうしたら・・・・・・」 結局途方にくれる羽目になった私は、つい泣き言を漏らす。ついでに違うものも漏らしてしまいそうだった。砂丘の砂はいっぱい吸うから大丈夫だよね。 野子お姉さんは口元に指を当てて、ちょっと考えるしぐさをしてから、 「そうねぇ、案ずるより産むがやすしきよし。女は度胸、私にいい考えがあるわ」 と、口の前で手を合わせながら言った。あざといしぐさだった。あと、年がばれると言いたかったけど、命が惜しかったからやめておいた。                      φ 「で」 ぎこちないしぐさで首だけで横を向くと、ニコニコしている野子お姉さんがいる。 「なんで、こうなるの〜!」 思わず天を仰いだ私は、今久屋大通公園のエンゼル広場特設ステージ舞台袖にいた。 あれからあれよあれよという間に栄、久屋大通へと連れてこられ、いつの間にか『街のアイドル大発掘祭り〜アイドル始めちゃいました〜』にエントリーさせられていた。 「どーいうことなんですか!野子お姉さん!」 あまりに突然のことで心の準備ができてない私は、なみだ目になりながら野子お姉さんに詰め寄る。ただし、すぐ横のステージでは司会の人が前説をやっているからできるだけ静かに。 「いい?取子ちゃん」 お姉さんは、わがままを言う子供を諭すように、わざわざ私に目線を合わせて少しかがみながら説明を始めた。 「こういったアイドルオーディションはチャンスなの。一気に自分を知ってもらうことができるし、自己アピールはそのまま県のアピールになるわ。ちょっとサービスサービスするだけで、県への関心うなぎのぼりよ。優勝したり、入賞したりすれば賞金も入って生活のたしになるし。しかも、オーディションで勝ち抜くためには自らの魅力値を高めなければならないの。どこぞのほとんど役に立たないおかざりステータス“かっこよさ”なんかとは違って、リアルに影響してくるパラメータなの。魅力が低いと選択肢すらでてこないのよ。オーディションに出れば、PRもできて魅力も上がる、私たちの目的に見事なまでに一致しているのではなくて?」 また、一息で説明をする。さっきよりも控えめだけど、相変わらずのマシンガントークにはくらくらしちゃう。次から次へと言葉が出てきて、きっと裏ではアパムが苦労してるんだろうな。 私が、あっけに取られてボーっとしていると、野子お姉さんはまたかわいそうな子を見るような目で私を見た、気がした。 「こほん」 野子お姉さんは口にグーをあて、わざとらしく一つ咳払いすると 「オーディションで  魅力と人気と賞金  がっぽがっぽ  ちょんこづく」 また、四行だった。最後の一行に意味はあるのかなぁ。 う〜ん、確かに私にはいいのかもしれないけど、やっぱり恥ずかしいよぅ。 だって、そうじゃない。意味もわからないまま積分されたまま、いきなりアイドルの真似事やって衆目にさらされなければならないなんて!そんなの、絶対に無理!無駄!無謀! 「それでは、『街のアイドル大発掘祭り〜アイドル始めちゃいました〜』さっそく、いってもいいかな〜?」 「いいともー」 ステージのほうからグラサンの司会の人と観客の人たちの掛け合いが聞こえる。今のやり取りが聞こえたのか、出演予定の子が一人急に逃げ出しちゃった。やっぱりみんな怖いんだ。ちなみに逃げ出した子は『清水亜美小』って名札してたなぁ。でも、ここまできて逃げるなんて、絶対許されないよね。絶対に。 ああっ!ついに始まっちゃう。もう逃げ出すことはできない。今日もし私が壊れても ここから逃げ出さない 疲れた鳥取を癒す みなの微笑だから。 私の番号は4番。野子お姉さんは2番で、さっき逃げ出した子が6番だった。偶数番号がステージ向かって左側、奇数番号がステージ向かって右側にスタンバッてるみたい。 「それではエントリーナンバー1番・・・・・・」 司会の人が最初の人を呼び出す。すっごい緊張してて名前の部分が聞き取れなかったけど、聞き取れなかったってことはその程度の重要度だから大丈夫よね。 えっと、エントリーしたときの説明だと一人持ち時間5分で、それ以内だったら何をやってもいいけれど、公序良俗に反することだけはやめてほしいとのとこ。ただでさえ恥ずかしいっちゅーに、この上公序良俗に反する破廉恥なことなんてできるかっつーの。あと、芸とかなくても司会が話し相手になるから適当にかわいさを振りまいておけばいいって。 ドキがむねむね、もといdokidokiが止まらないよ〜。 などとやってる間に一人目の番が終わったみたい。ステージの方から拍手が聞こえる。途中描写もまったくなかったし、やっぱりモブキャラね。きっと他の登場人物と似たような声なんだろうな。 「さて、と。いきますか」 野子お姉さんが立ち上がる。実に堂々としたものでその身のこなしからは、常連であることが伺われた。 「が、がんばってください!」 緊張で震えながら、声をかすれさせながら応援の言葉を送る。 「ふふ、ありがとう。じゃあ、お姉さんが露払いしてこようかな」 笑顔を返してくれた野子お姉さんが、輝くステージでまた会えるとばかりに颯爽と進んでいった。 「さあ、続きましてはおなじみ。エントリーナンバー2番。長瀬野子!でてこいやぁ!」 割れんばかりの拍手に迎えられて野子お姉さんが登場していく。あくまでもマイペースに、優雅に。 「みなさぁ〜ん、こーんにーちはー。長瀬野子17歳です!」 「「おいおい」」 どうやらファンとのお決まりらしいやりとりが交わされる。なるほど、お約束を作っておくと盛り上がるのね。メモメモ。 野子お姉さんは歌とか踊りとか、芸を披露するんじゃなくて大きいサングラスをした司会のおじさんと会話をしてる。 聞いていると、お姉さんは天然キャラとして売ってるみたい。司会の人に質問にとんちんかんな答えを返してる。普段はあんなにしっかりしてるのに、すごい演技力! ふと横を見たお姉さんは、私がじっと見ているのに気づいたようで、にっこり微笑んでくれた。 ほへ〜、ステージの上にいるのに私のことまで気遣ってくれてる。大人の余裕ってやつかな。 そうこうしている間に、お姉さんの持ち時間が終わってこっちに引き上げてくる。 さすがに少し興奮してるのか白い頬に淡い朱がさして、呼吸も心なしか荒い気がする。 「お疲れ様でした。すごかったです!感動したっ!」 「ありがとう。でも、慣れてくればこんなこと誰にだってできるわよ。もちろん取子ちゃんも、ね」 本物のアイドルのようにおどけたしぐさでWinkしてみせる野子お姉さん。うーん、やっぱりあざとい。 「そんなぁ、私には無理です。だって、はd」 「さあ、盛り上がってまいりました!続きましてはエントリーナンバー3番!」 私の声をさえぎるように司会の人が次の出演者の前フリをはじめた。 「異国の地からやってきた、新進気鋭の海底アイドルここに浮上!ルル・デ・イエカールちゃん、どうぞ〜」 「「「うぉおおおおおおおおおおお」」」 次の少女が登場するや否や、会場の観客のほぼ全員が大歓声を上げた。その音はまるで地鳴りのように、イベント会場を超え公園全体にまで響き渡った。 その歓声を一身に浴びる少女は、その歓待の声をさも当然のことのように少しも意に介さない様子で、悠々とステージの中央まで歩いていった。 透き通るような白い肌に、パステルピンクのミニワンピースをまとい、ピンクのツインテールを揺らしながら進む姿はまるでフィギュアが自分で歩いているように見える。ピンクと白のオーバーニーソからはみ出た絶対領域は、女の私も見惚れるほどきれいだった。少しあどけなさを残した端正な顔は、自信に満ち溢れた真紅の目とともに正面を見据えていた。 「うわ、すごい人気ですね!」 あまりの音量に半ば叫ばないと、隣の野子お姉さんに声が届かなかった。 「そうね!彼女はルル・デ・イエカール。私たちが現れる少し前くらいから活動を初めて、急激に勢力を伸ばしてる地下アイドルらしいわ 。特定の事務所とかには所属してないみたいだけど、自前でライブをしたり、もういっぱしのアイドルよ」 すごい!地下アイドルでもこんなに人気が出るんだ。私でも、がんばればこのくらいの人気者になれるのかな。そして、使命を果たして王者の帰還を! 「みんな〜、ひっさしぶり〜。ルルちゃん再浮上だお!いつもの挨拶いっちゃうよ〜」 頭が沸いてるような喋りかただった。きっとどこか別の星から来たに違いない。あっけに取られてる私などもちろん目に入ってない彼女はマイペースに先を続ける。 「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!」 「「「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!!!」」」 彼女のお決まりらしい挨拶に、会場全体が後を追う。すごい一体感!これがライブってやつなのね。 「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うが=なぐる ふたぐん!」 「「「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うが=なぐる ふたぐん!!!」」」 「みんな、相手してくれてありがとうなりよ〜。それじゃあ、時間もないし早速お唄いっちゃうね〜。聞いてください『The Carol of the Old Ones』」 彼女のアピールは歌だった。英語の歌で、初めて聞く曲だけどなんとなく不安定な歌声。なんて表現したらいいかわかんないけど、不安定な歌。 「あの子、あんまり歌は上手じゃないみたいですね」 私はそっと隣の野子お姉さんに耳打ちする。 「アイドルは歌がうまい必要なんてないのよ。その場の乗りさえつかむことができたら、アイドルの地位もつかみ取れるの」 含蓄あるお言葉のような気がする。 彼女の冒涜的に不安定な歌は、会場中を名状しがたい不安定なものにした。 歌が終わり、彼女のアピールも終わった。この次は私の番だ! いよいよどきどきがとまらない! 神様!お願い!助けて!神様に恋をしてた頃は!もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対! 「続きまして、エントリーナンバー4番!今回初参加!!初々しさが魅力のベビーフェイス、鳥谷取子ちゃんだ!!!」 ああ、呼ばれてしまった! かくかくとした動きで首を横に廻し、野子お姉さんを見る。 サムズアップされた。 もう後戻りはできない!ええい、ままよっ!野子姉さんにもできたんだ!私だって! 私はふらつく足取りでステージへと向かった。 「ど、どぉ〜も〜・・・と、鳥た、きゃッ!」 私のアイドルへの第一歩は転倒だった。ていうか名前を言う前から転んじゃった。お客さんたちの視線が私に突き刺さるように痛い。もうやだ恥ずかしい帰りたい・・・!! ・・・ううん、でも、頑張らなくっちゃ、母県(?)の未来は私にかかってるんだもん! 「うんしょ、えっと、取た・・・鳥谷取子ですっ。よ、よろしくお願いしますっ。」な、名前噛んじゃったよぅ・・・! 「は〜い、取子ちゃん。じゃぁアピールを、どうぞー」 司会のサングラスおじさんが苦笑しながら言ってくる。でも、アピール?今日いきなり連れてこられてそんなこと言われても困るよ! お姉さん(笑)みたいに上手にお話も出来ないし、歌もそんなに上手じゃないしそもそも何歌えばいいんだろう?鳥取県民歌の「わきあがる力」?誰も分かんないよっ! ・・・どうしよう、私、何にもない。からっぽだ。ていうか魅力がそんなにないからわざわざ名古屋まで来たって言うのに…。 ステージの真ん中でわたわたした後、ぼーぜんと立ちつくした私。このままじゃ、許されざる事態になっちゃうよぅ。・・・・どうしてこうなった・・・。どうしてこうなった!! 「・・・えーと、じゃぁ、おじさん、いろいろ聞いてちゃっていいかな?」 「!あ、はい、いいともっ!」おじさんナイス! 「じゃぁ、まず取子ちゃんはどこから来たのかな?」 「砂丘です!」 「さ、砂丘?」 「はい!」 「(この子もイタい子かよ、めんどくせぇな)えーと、普段は何をしてるのかな?」 「今は何もしていません!」 「・・・」 「・・・」 「・・・そーですかー。ありがとーござましたー。」 打ち切られた! ナイスかと思ったけど、そんなことはなかった。私は正直に答えただけなのに完璧に墓穴を掘る結果になってしまった。やっぱりお姉さん(苦)みたいに演技したほうが良かったのかな…。 結果、私は惨敗もいいとこだった。あれじゃぁ、しょうがないか。一緒に参加した野子お姉さんはちゃっかり3位に、あのSAN値の下がりそうな歌を歌ってた人が2位、 1位はマミちゃんとか言う人で、普段は駅前のビアガーデンとかでステージをやってるらしい。『街のアイドル大発掘祭り』なのに入賞者はほとんど地元の人じゃなかった。 「こんな時、どんな顔したらいいかわかんないけど、元気出しなよ…?」 よしよし、と頭を撫でて落ち込んでる私を慰めてくれる野子お姉さんは、でも、反対の手に持った賞状と笑みで台無しだった。 こうして、私のアイドルへの道は閉ざされてしまったのだった。 (了)