タイトルホルダー
「ちさとさん…いえ、部長様」
私は、声の主から一気に間合いをとると
振り返りながら、竹刀を構えた。
「よっしゃあっ、どこからでもかかってきなさいっ!」
「…な、何よ。まるで人を辻切りみたいに…」
こちらの気合いに気圧されたのか、とっさに
声の主も上体をひいていた。
トレードマークの三つ編みが前後にゆれていた。
「辻切りと似たようなもんよ。…一体、何をたくらんで
いるの、由乃さん?」
「ひっどーい。私はただ、親友に声をかけただけなのに」
「し、親友って、わざわざ口にするな、こっぱずかしい…。それに何よ部長様って…」
普段は『ちょっと部長、そこの竹刀持ってきて』とか人をパシリ扱いするくせに。
「…何か、私に頼み事があるんでしょう」
「さすが、ちさとさん話が早いわ」
うおっ、全肯定しやがった。
「…先に言っておくけど、菜々ちゃんとのデート権は
譲らないからね?」
そう、私、田沼ちさとは先日のバレンタインイベントで
めでたく黄色いカードを三度、ゲットしたのだ。
* * * *
「…あった…」
…それは、イベント開始から5分もたっていなかった。
あまりにも簡単というか、安易な隠し場所だった。
初めは、由乃さんに見つけてもらいたいがあまり、こんな猿でも
わかるような場所に隠してしまったんじゃないかと思った。
それなら私がとるべきではないのかもしれない。
少し迷った。
けれど、すぐに思い直した。
由乃さんはハンデとしてスタートを遅らされている。
その間にここなら私でなくとも、誰かがすぐに発見していた事だろう。
これは、とにかく早くカードを見つけてもらおうという菜々ちゃんの意思なのだと思った。
…彼女は神聖な武道館をカード探しで不必要に荒らされたくなかったに違いない。
幸い隠し場所のつまらなさは、私の三年連続発見が話題になり、
目立たなくなった。
私はそれをマリア様の思し召しだと思った。
…そう、これまでの事も、すべてはこの日の為にあったのだ。
* * * * * * * *
「…いらないわよ。私はその気になればいつでも菜々とデートできるんだから」
まあ、そうだろうな。と私は納得した。
由乃さんは一般生徒のようにバレンタインデートなるものに幻想を抱いたりはしない。
なぜなら、その実態を知っているから。(経験者だ)
それに私は剣道部の用事で菜々ちゃんと二人で何度もでかけたことがある。
(本来は副部長の役目だったから由乃さんも文句は言えない)
いまさら予算限定のデートぐらいで騒いだりすることもないだろう。
「お願いってのはこれよ」
細長いマークシートを渡される。
「…ロト6?」
「3回連続でカードを見つけるって、やっぱり運がなきゃ無理だと
思うのよね」
「…その運にあやかりたいから、数字を選べと?」
「そう、人間誰でも一つぐらいは取り柄が………ゲフン、ゲフン」
私はなんだか馬鹿馬鹿しくなって、適当に数字を選ぶとカードを
由乃さんに返した。
「でも、ちょっと意外だわ。由乃さん家、お金持ちだし、宝くじなんか興味ないと思ってた」
「あら、お金はいくらあってもいいものよ。そう思わない?」
由乃さんは妖しく微笑んだ。
******
バレンタインデートの日、菜々ちゃんとのおしゃべりで
その話題になった。
…予算限定のデートでは、けっこう時間が余る。
おしゃべりぐらいしかすることがない。
まあ、私は楽しいからいいんだけれど。
「由乃さん、なにか欲しいものでもあるのかなあ」
高校生で億を越える買い物は想像しにくい。
「あ、もしかして支倉道場を改修したいとかかな?」
それなら、令さまの為にもなる事だし本気で当たって欲しい。
「うーん、道場は今のままでいいと思いますよ」
私は、ベンチの隣に座っている菜々ちゃんを見た。
私服姿がすごく新鮮で可愛くて、デートが始まってから何度もちらちらと盗み見してしまう。
しっかりしているので、つい忘れがちになるけれど菜々ちゃんは二歳も年下なのだ。
妹より孫のほうが可愛いというのは本当だなあと思う。
「お姉さまは多分…」
菜々ちゃんは私の熱い視線にも気づかず話しを続けた。
由乃さんが図書室で一生懸命新聞記事を読んでいたこと。
その記事には、由乃さんと同じ心臓疾患をもった子供たちが世界中に大勢いることが記されていた。
たしかにそこにある、
…費用さえあれば、助けることができる数多くの命…。
「その横顔は、少しさびしそうで、まるでマリア様みたいでした」
私はそれを聞いて、あの宝くじが絶対当たって欲しいと心から願った。