〜第十話〜  雨が降っている。その雨には「感情」が含まれている。降って来た雨の雫は姫の口まで滴り、入る。不意に、それを舐めたのか、呟いてしまっている。  「誰かが・・・悲しんでる?」  「貴方もそう思うの?」  姫と戦っている高田 舞衣(たかだ まい)こと、十翁(テンベイ)の八番目、裂踊舞(チューブリオ)がそう呟いた。  「・・・一時休戦でも?」  「いや、例え雨が降ってもコンディションが悪く無い限り、続かせてもらうわよ!」  再び、銃弾と鎖の戦いが始まった。  「はぁっ・・・はぁっ・・・」  誰かが何処に向かっているのかしら無いけど走っている。  「はぁっ・・・うぐっ」  時々、背中にある傷が疼き、その身体(からだ)を痛めている。なので、走っている人がフラフラになるのもおかしくはない。  「はぁっ・・・はぁっ・・・。どこだ。どこに、姫が・・・」    「大轟一打(グランドワンガット)!!」  「大嵐舞鎖(ファルレードチェーン)!」  とてつもなく大きい銃弾と、嵐のように舞い踊る大きな鎖がぶつかり合い、相殺する。  「うらららららら・・・」  「はああああああ・・・」  銃弾の雨と舞い踊る鎖は、未だ続く。  「はぁっ、はぁっ。くそ、あんな事で深い傷を負うから・・・」  俺は屋上から落ちた後、無事着地できたものの、背中の傷からは血が溢れんばかりと出てくる。咄嗟の治療呪文をその時に唱えたのだが、その呪文はそう長くは続かない。多分、あと十分だ。俺に残された時間は、本当に少ない。  「・・・待ってろよ、姫。誰かと戦っているのなら、耐えてくれ・・・」  俺は雨が降り続く中、どこを目指して走っているのかすら知らない。とにかく、走り続けるしか俺に、選択はなかった。  「しまったっ!!」  「そこまでよ、灼竜姫(アクウォンミーナ)・・・」  遂に、姫が逃げようとする場所がなくなってしまった。彼女の鎖は遠距離範囲で、彼女中心とする半径100mが限度。その中に姫が入っているので、絶対に逃げることが不可能となってしまっている。右も左も後ろも、壁。前は彼女に塞がれているので、逃げる場所がない。  ・・・くっ。ここまでか。よりによってサイト、来るのが遅い。もしかして、この雨の原因はサイトなんじゃ・・・  そう、姫が思った時、彼の声が聞こえた。  「姫っ!!」  「さ、サイト。助け―――」  不覚にも鎖に絡まれてしまう。瞬間の出来事だ。姫は対応し切れなかった。もがけばもがくほど、余計に絡まりつく。肝心の銃は地に落ちてしまい、どうすることも出来なくなった。  「!高田っ。彼女を放せ!」  「端山君・・・。久しぶりね?手紙を読んだ?」  姫は鎖に絡まれつつも思考回路を働かす。・・・手紙?  「ちょ、ちょっとサイト!サイト宛にも手紙があったの!?」  「・・・ごめん。これだけは言いたくなかった」  「・・・・・・」  姫は黙ってしまう。  「さて、端山君。貴方には選択権があるわ。まず、一つ目は彼女を助ける。助けることは可能だけど、お人好しの端山君には私を殺せるかな?二つ目は、私がいる龍神秀(デグラシア)に来ない?勿論、姫は死ぬかもしれないけど、こっちにこれば貴方が欲しいものは全て手に入るわよ」  彼女は彼に最後の選択を与えた。彼は懸命に考えている。  「サイト!分かってるんでしょ!?なら助けてよ!!」  そう言って、姫が暴れる。だが、暴れるたびに絡まりつく。ちょっとずつ、多数の場所から血が出ているが、姫はそんなことを気にしていない。  くそっ。俺はどうすればいいんだ!?俺は姫を殺せはしない。だからと言って、高田さんも殺せはしない。彼女は幼馴染で、小学の頃から今まで同じ。色々と助けてもらったことがあるんだ。こんな所で殺すことなんて出来ない。  すると、高田さんは不意にもこう俺に告げてきた。  「そうそう、姫の銃を使ってもいいわよ」  もう一つの鎖で銃を持ち、俺の目の前に落とされる。  「それを使ってどちらかを殺すのよ」  「サイトーーっ!!」  姫は懸命に叫び続けてくれている。でも、高田さんを殺したくは無い。そんな迷いが俺にはあった。他になんかあるはずだ。二人が助かる方法。二人の運命は俺が持つ銃口の先が決める。俺の目の前には高田さんと姫。  ・・・いや、駄目だ。人間を打つ対象にしては駄目だ。となると、他に狙い打つのはどれだ・・・。俺の背中の傷もそろそろ限界に近い。もしかしたら、また行き当たりばったりで倒れるかもしれない。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。  !そうだ。この手があった。そうすれば二人とも延命が出来る。けれど、どうなるかは分からない。二人とも助かるのか。それとも二人とも失うのか。  俺は姫が使う銃を構えて魔力を流し込む。たしかこうやって姫は打ってたはず。  「!決めたようね。やったことを後悔しても知らないわよ」  「分かってらぁ。俺は決めた」  「サイトっっ!!」  高田さんは不敵な笑みを続けている。姫は俺の名を何度も叫んでくれている。  ・・・二人とも死なせはしない。   俺は魔力を注入する。魔力の入る量が決められていたのだろう。彼女に合うように。これ以上入れたらぶっ壊れるってことを教えてくれているようだ。  俺はその「人間以外の対象」を目掛ける。勿論、二人からの視点にはそれは入っていないだろう。  俺は姫が言うあれを言ってやった。  「大轟一打!!!」  それは俺が狙おうとする物に目掛けで発射する。そう、それは―――。  姫と高田さんの間にある「鎖」だ。  それに当たるや否や、煙が起こる。高田さんはそれに巻き込まれ、何をしているのか分からない。鎖は力を失い、姫を放す。そして姫はこちらに向かってくる。  「サイト・・・。ありがとう」  普段の姫からは漏れない言葉だった。何?「ありがとう」だと?だが、こんなんで照れる訳にはいかない。まだ、決着はついてない。俺は姫に銃を返す。  「は、端山。見損なったぞ。私を本気にするとは・・・」  高田さんはこちらに向かってくることはせずに、鎖で攻撃を仕掛けた。  「鎖圧縮(チェーンプレス)!!」  俺と姫は鎖の攻撃範囲から避ける。  そして着地した途端、背中の傷が開いた。  隣で姫が見ているのに、だ。  俺は、また意識が飛んだのだ。ったく、何回意識を失うんだろうね。  やはり来た場所は、前回と同じく自分の中心部だった。魔力の塊が存在しており、黒くうずめいている。勿論、心臓のテンポと同じく。だが、今は停止状態だった。何故、停止状態なのかは分かっている。・・・復唱するが停止してるだと?  俺はそれに興味深く見入ってしまう。そして自分の脈を計る。・・・確かに無い。じゃあ、俺は死んでしまったのだろうか。じゃあ、ここにいる俺は一体何者なんだ?  終いには、自分までも疑ってしまうこととなった。  流石に、あの二人の傷を治すのは無理があった。なんせ、治療呪文が全く効かなかったのだ。だから、最大の魔力を使って治したとしても、再び開くのは承知済み。  俺は嘆いていると、黒くうずめいている魔力の塊から声が聞こえた。俺に似た声の人物。  「・・・貴様。力が欲しいか?」  「てめぇは誰だ、こんちくしょう!!」  逆切れするが、魔力の塊はスルーして質問攻めと来る。  「再度問う。力が欲しいか?」  「攻めるな!こちらの質問にも答えてくれ。何故、これは止まっている!?」  「貴様。現況を把握していないだろう。神風 仁(かみかぜ じん)と光屋 雷人(ひかりや らいと)は五御王(フィンディア)の内の下位ランク所持者。五御王となれば、一撃必殺又はコンボ技を繰り出してくる。しかもそれの威力は半端なく、通常の人間をいとも容易く紙を切るように殺してしまうほど、強力な人員。彼らの攻撃を喰らって生き延びた人は存在しない」  「ってことは、俺、死んだ?」  「死んだ・・・かもしれない」  どういう意味だ?死んだ・・・かもしれないって。  「貴様は何故か死んでも生き延びてしまう可能性がある。本来の魔法使いは死んで、身内の人を強くしてくれる強力な存在なのだが、貴様は「不死能力」を身体に滞在しているのでは?」  「不死・・・能力?」  「絶対に死なない、何があってもまた立ち上がる究極な存在。これなら、彼にも太刀打ち出来る・・・」  最後のほうは聞き取れなかったけど、それよりも最初のほうが特に気になっていた。  「絶対に立ち上がる。それは本当なんだよな!?」  「そうだ」  「じゃあ、何故、俺は意識を失ってこれは動いていないんだ!!」  俺は魔力の塊を指差す。  「英気を養うために、止まっているだけだ。何も止まっているからといって死んだと認識するのは悪いだろう。何、俺の質問に答えてくれば現世に戻れるだろう」  「その質問は何だ!!」  その人は一回溜息をついて告げた。  「これで三度目だ。今回はちゃんと答えてもらう。貴様は力が欲しいか?」  力。色んな人を守る力。この世を守る力。今の俺にとって陥落していた部分。それがあれば、神風達にやられてはいなかっただろう。あれはこちらの行動をさせなくしていた。俺の魔法吸収(デグラリバース)すら出来なかった脱兎の如く。  しかもその声は俺の目の前から聞こえてくる。人の影すら見えず。  「・・・・・・」  「さあ、答えてもらおうか」  俺は決断してこう言った。  「ああ、力が欲しいさ。俺には力が無い。だからそれを恵んでくれ!!」  「・・・ふっ。そう言うと思ったよ。流石、だな」  すると、今まで動かなかった魔力の塊が徐々に動き出す。それは心臓とシンクロしている為、俺にも分かる。それに、何か光り輝いているような物に俺は包まれていた。  「ほらよ、俺からの贈り物。ちゃんと使って勝てよ、奴らに」  声の正体は知らない。でも、俺はこいつを信じている。ここにまたくれば何かのヒントをくれるだろうと。  さて、現世にでも戻ろうか。あいつは俺が帰ってくるのを待って耐えていそうなのだ。  「貴様だけは、許さない!!」  「あら、私は何もやっていないわよ」  「サイトに手紙を渡したんでしょ!?私に知らされたくない事が書かれているから」  「そうよ。彼、端山君と勝負したいって言う人が二人いたから」  「!!」  姫は歯軋りをする。本当に、彼女のことを憎んでいるようだ。  今までに無かった最凶の威圧を彼女にかける。いや、今までしなかっただけで、過去にしているかもしれない。  「・・・・・・」  それでも彼女は怯まない。それほど、鍛錬したのだろう。  ―――魔法とは、ありとあらゆる物から進化を成し遂げる。日々の感情や、努力した分。それに人に対する憎悪も含まれる。それがある限り、自分が所持している魔法は段々と強くなり、やがて七星天神(セブンス・アーマドラゴン)の一人となる―――  それを姫は思い出していた。姫に戦闘を教えてくれた、唯一無二の師匠。名も知らず、姫はただ師匠と呼んでいただけ。  そして姫は最大の魔力を使って、先ほどの大轟一打を上回るランクを繰り出した。  「レイジェロ・ジャックドラギリア!!!」  高田視点からは、姫と何者かが重なったのが見える。正確には見えなかったけれど、何かが憑いているのが分かる。  そしてその技とは、銃でもあるのに、銃弾が無限のループ射撃で、光線に見えたのだろう。だが、その技をも打ち砕く鎖。  「ふふっ。今度は私が使う番ね・・・」  今度は高田さんがかつてないドス黒いモヤモヤに包まれていた。  姫は何かしようとしても、先ほどの反動で一歩も動けない。  「私を沢山楽しませてくれたようね。そのお礼として天国への片道切符を貴方に授けるわ」  鎖が段々大きくなり、姫を包もうとしたその時。  姫視点からは右から、高田視点からは左から、カラフルすぎるほどの色つきで鎖を瞬時にして打ち砕いた破壊光線が出された。  ここからは私(姫)を主観として進める。私の究極技を使って反動で動けなくなる中、右側からカラフルすぎるほどの色つきで破壊光線が出された。勿論、ここには二人しかいなくて、誰が打ったのかと聞けば私はこう答えるだろう。  「サイトっっ!!」  私は叫んだ。彼の名を呼んだ。私はもう、何も出来ない。後はサイトに任せるだけ。  だが、サイトはそれもまた、高田さん同様に黒いモヤモヤとした物に包まれていた。  「あら、こちらの味方?優勢になったわ」  敵はそう呟き、握手しようと右手を出したが・・・。  「こっからの相手は俺だ。何?俺はお前の味方だと?ふざけるな。俺はいつも―――」  私は息を飲んで見守る。  「姫の味方だ!」